鑑賞教育について
私が小学校に上がった時の、初めての美術(であろう)授業は「図画工作」ではなく「生活科」と言う名前でした。 それは石、土、山、空、風、木、などに触れながら「身近にある物への親しみ、美しさ」に気づかせるための授業でした。 3年生に上がると「生活科」の授業が無くなり「図画工作」に変わります。山の絵を描いたり、色水を作ったり、牧場へ行って動物の絵を描いたり、拾ってきた石・木・ドングリ等で立体を作りました。 美術の授業は「表現と鑑賞」に分かれてそれぞれ存在しますが、ここでの「鑑賞」も歴史の中で残ってきた作品に対してと言うよりは、「身の回りの素材について楽しく見る・感じたことを色や形で表す」と、最終的には表現(実技)に繋がるものでした。 さらに上級生になると「図画工作」は「美術」という名前に変わり、美術資料集が配られ、そこで様々な作家の作品に触れます。しかし、授業は変わらず実技中心です。資料集は個々で見たい時に見るだけで、特段使用場面が多いものではありませんでした。 米国の美術教育は、日本と真逆だと言ってもいいくらい、実技が少なく、鑑賞中心のカリキュラムになっています。 米国は60〜80年代あたりから、DBAE(芸術教育で芸術を多角的に捉えようとする試み)や VTS(視覚思考力を高めるための鑑賞教育)が授業に取り入れられていきました。 幼少期からガッツリ絵画を見せ、それを鑑賞し、思ったことや気づいたことを皆で述べます。「作品を読み解く力」つまり鑑賞読解力を育て、自分の中にある「作品に対する評価基準」を育てる授業内容です。 VTSは90年代に日本でも美術館教育として紹介されました。それを何とか美術の授業に取り入れていった学校もありました。が、殆どの美術教師は授業での取り入れ方・教科としての点数づけ等が難しいと考えており、結局、実技中心の授業が引き続き行われました。 この、創造・制作としての「表現」に多くの時間が割かれ、「鑑賞」は付け足しに過ぎない実技中心の教育(日本)と、一方は「鑑賞」とも言うべき「批評」に時間を取りすぎて、本来の「ものを作り楽しむ」という行為が軽視されている鑑賞中心の教育(米国)のそれぞれの美術教育の違いにより、何が産まれたかというと、作品を見た時の「読解」の差であると、私は思います。 パーソンズの「美的経験の認知発達」というものがあります。鑑賞に対して受ける印象を5段階に分けたものです。 1〜3の段階は「主観」が主な判断基準になっており、簡単に言うと「好み」、好き嫌いの段階です。 4〜5の段階では作品、または芸術の「歴史、文化、文脈」等を踏まえて、作品について批評的な目線で、価値判断します。 ある研究では、日本の美術大学を出ている人でも、3段階までしか発達しないのに比べ、米国では、美大に行っていない人でも4〜5段階まで発達する。という結果が出ています。 私たちは美術が「何なのか分からない」まま学校を卒業し、その「分からない」を抱えたまま大人になりました。 授業で作品を作った時も「これでいいのか分からない」、作品を鑑賞した時も「分からない」または「分かれない」。それか、個人的な趣味嗜好だけで価値判断を下す、ということしかできない。 そんなこんなで、私たちは美術に対するものさしを持ち合わせていないに等しい。 これが日本の美術教育の結果だと思います。 今、日本に、美術に必要なのは、作品を見て「作品を味わい、理解したり、自分の知識としてストックしたり、ストックされているものと比べたり、そうした上で感じたことを述べれる力」です。 しかし「分からない」を抱えてしまっている日本にとって、「評価が千差万別」で「世間の流れに乗ったり、評価者の違いによって価値が散漫になる」そんな不安定な美術というものを、誰もが納得できるような「評価基準」を作る・理解する、のは皆無に近いです。 そんな中でアウトサイダーアートなどは作品の持つ「力強さ」「生命力」などといった表現で、「分からない美術」に対してのものさしを、言葉で提示し理解を促す手助けをしています。 今回の「全部は見えない展」ではその言葉すら伏せ、障がい者、健常者、老人、幼児、様々な方の作品を展示することにより「『〜だから』と、括ろうと思えばできる状態」から、あえて抗い、鑑賞者が作品(しか)見れないような状態を作ります(注) その「作品から情報を読み取るしかない」環境に身を置いた時、初めてあなた(鑑賞者)の中にあった、または芽生えた、思い出した、作品に対して抱く「もの」が自分が持っている「価値観」なのだと思います。 (注:キャプション・作家、作品の情報等は、壁にではなく紙にして会場に置く予定です)
内田